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龍見寺でのマリンバ&オカリナコンサート

by SOZOTAKE

いつもは都指定文化財の大日如来を拝観するために訪れる八王子市館町の龍見寺(りゅうけんじ)。
こちらの大日如来は本当に素晴らしい。毎年10月末〜11月頭の平日に1日だけ開帳される。藤原末期〜鎌倉初期の、いわゆる"藤末鎌初"に作られたものだ。後世に彫眼を玉眼にされているのがやや残念であるものの、その比類ない美しさは拝する者を釘付けにしてしまうほど。2017年の開帳は10月31日とのことだ。

昨日、その龍見寺でマリンバのコンサートがあるということで訪れた。

マリンバは、打楽器奏者の新谷祥子さん。ブラタモリの以前のエンディングである井上陽水「MAP」でマリンバを担当していた方だというから驚いた。あの曲はマリンバが非常に印象的だったからだ。さらに、話題沸騰した紅白での美輪明宏さんのヨイトマケ、その冒頭で激しく響いたティンパニを叩いていたという。そんなスゴイ方。

マリンバの演奏だけなのだろうと思っていたら、新谷さんは「シンガーソングマリンバ」という新スタイルにライフワークとして取り組んでもいらっしゃるそうで、4本のマレットを巧みに操りつつ、弾き語りをしてしまうという驚きの表現だった。またこの歌声がハスキーヴォイスで深く伸びやかで、素晴らしく素敵だった。

新谷さんは青森出身ということで、同じ青森出身の歌人・劇作家である寺山修司に感銘を受けているという話も興味深く、高尾にあるという寺山修司のお墓についていろいろと語って下さったのがまた印象的だった。

寺山が作詞した「戦争は知らない」。グループサウンズ時代の有名な曲であり、普段は明るく歌われるが、実はこの歌は、たった1曲だけ、寺山が戦争で早くに亡くした父親のことを歌ったものなのだそうだ。

 野に咲く花の名前は知らない
 だけども野に咲く花が好き 
 ぼうしにいっぱいつみゆけば
 なぜか涙が 涙が出るの

不思議と一昨年亡くなった父を思い起こさせるものがあった。もちろん内容に関連性はないものの、父は亡くなる前に、「自然と私」という随筆を遺していた。自然観察指導員として深く自然に関わっていただけに大自然が素晴らしいのは誰よりも理解しつつ、身近な名も知られぬ野の花にこそ自然の命を感じるという内容だったからだろうか。

この日は寺山修司の眠る八王子の地で、この歌のもつ本当の意味をじっくりと感じさせてくれるような深く美しいアレンジと歌で聞かせてくれた。

お寺での演奏会ということで、お寺の鏧子(けいす)やリンなどもたくさん使って、梁塵秘抄から、今様の「仏は常にはいませども」を奏でたのもとても良かった。

第2部では、オカリナ奏者の君塚仁子(のりこ)さんがサプライズゲストとして登場。「コンドルは飛んでいく」でのソリスティックなオカリナや、新谷さんのオリジナル曲でのJAZZYなコラボはとても良かった。

自分はオカリナに心を奪われたことが過去に1度ある。ちょうど30年ほど前の中学生の頃。その頃、NHK特集(註・Nスペではない)で、「大黄河」というシリーズがやっており、テーマ曲はオカリナ奏者である宗次郎が担当していた。オカリナという土の楽器と土の音色に惹きつけられ、中学生にはちょっと高かったアケタオカリーナを、自分には珍しく貯金して名古屋・伏見のヤマハで買った。

しかしオカリナの演奏は難しく、結局そのままにしてしまった。音楽の知識なんてほとんどなかったこともあり、in Cではなくin Gの楽器を買ってしまっていたのも…(^_^;

君塚さんの演奏で、その素晴らしい音色に触れ、久々にオカリナの音色に心躍り感動した。オカリナの音は他の楽器には全くない、土の楽器だからこその素朴かつ柔らかい音が鳴り、さらに単純な構造が故の、指で穴を塞ぐその感覚がダイレクトに伝わってくるコロコロとした音が特徴的だと思うのだが、プロの一流の音を堪能して、改めてその魅力を強く感じさせられた。

いつもは大日様に感動する龍見寺で、昨夜はまた違った、そんな素敵な夜だった。日が落ちる頃、ちょうどあの巨大な鳴き声のガビチョウやコジュケイが近くで鳴いていたのも、何ともぴったりだった。

お寺でマリンバって、何だか不思議な感じがしていたのだが、考えてみれば、マリンバの音色はとてもきれいでやわらかいものの、その一つ一つの音はすべて一瞬で消えてしまう。しかしその無常の連続と継続によって、美しい世界を作り上げ、聞く者の心に何かを与えていく。とても仏教的ではないか。

新谷さんはマリンバを叩きながら歌うという表現をしていたが、最初は不思議な違和感があった。それは、無常に消えゆく音の連続のマリンバと、言わば横に長く連続的に続く歌という表現の違いが共にあるからだった。しかしその出会いはまた面白い魅力を作り出していた。

さらに君塚さんの素材の味わいの生きたオカリナの音色。声よりもより木に近く、かつ、これも横に長く響く音。

木も、もちろん土も、そして声も大地。それを出会わせるのは簡単なようで、有機的に融合させるのは簡単ではない。昨夜の演奏には、奏者の心同士の信頼と、そこに集まった観衆、それらが、自然に囲まれたお寺のお堂という環境で溶け合ったものだったのだろうな、と思う。

とても良かった。

朝起きていろいろ思い返しつつ。

〜人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見えたもう


SOZOTAKE
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